老いと花

還暦まであと1年半、日々の出来事や思い出を気ままに綴ります。

逃げる柴犬

 


 去年の12月、散歩をしようとチワワを連れて家を出ると、近くの公園の前で小学生たちが大騒ぎをしているのに気が付いた。用心しながら少しずつ近づくと、柴犬が子供たちを追いかけ回している。本人(犬)にとっては楽しく遊んでいるつもりだろうが、立ち上がると子供たちの身長とさほど変わらないため子供たちは逃げ惑い、小さなカオスが生まれていた。
 きっとこちらに向かって来るという確信があり、チワワを右手に抱き上げて左手を広げ腰を落とした。案の定、こちらに気が付いた柴犬は真っすぐに走り寄ってきた。首輪をしっかりと左手で掴む。唐草模様のバンダナ。可愛がられているのだろう。チワワはなぜかとても怒っている。一方の柴犬はすっかり落ち着いてじっとしていた。これからどうしよう。抱いて一旦、家に連れ帰ろうかとも考えたが、重くてとてもではないが抱き上げることなどできない。散歩の後に出かけなければならないが、その時間も刻々と迫っている。時間の流れがほとんど止まってしまっているような気がした。
 段々と途方に暮れ始めたその時、必死でこちらに向かって走って来る女性の姿が目に入った。「すみません。」「良かったです。」と同じフレーズをくどい程お互いに繰り返した後、チワワを道に下ろして散歩を再開した。そう言えば、柴犬に追いかけられていた子供の一人に「この犬はあなたの犬なの?」と尋ねると「違うよ。だって僕は猫が好きだもん。」と答えていた。
 写真は photo library https://www.photolibrary.jp より。

狐の嫁入り

 30歳になる直前だったと思う。ある時、同僚のホーム・パーティーに参加すると、ヨーロッパのある国から来日していた青年を紹介された。絵を画いているという。思わず(心の中で)口をあんぐりと開けてしまうほど美しい顔だちをしていた。
 その日から暫く経って、あれは東京の西部だったか、山の中で開かれたお祭りに彼の友人たちと一緒に行くことになった。日本人の恋人たちもいたと思う。夜も更け、参加者の多くは持参のテントで眠り始めたが、私たちは小さな朽ち果てた舞台のような場所を見つけそこにごろ寝することになった。1時間も経った頃だろうか、突然、目の前に大きな炎が現れた。すると彼と友人たちが一斉に炎に向かって走り出したので、一人取り残された私は恐ろしくもあり彼らを追いかけた。だが、炎の前に着いたと思ったその瞬間、それは跡形もなく消えてしまった。あれはなんだったんだろうね、と話しながら舞台に戻り、身体を横たえようとした時、今度はいくつかの人影がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。そして、それもこちらに近づきながら徐々に消えていった。
 私が世にいうところの超常現象にでくわしたのは、あれが最初で最後(これから出合うことはきっとないだろう)だ。後日、彼が日本人画家にこの事を話すと「それは狐の嫁入りというものです。」と教えられたという。私以外は全員、お酒を飲んでいたので、もしかする
と彼らの酔いが見せた幻に心の羽目をはずしていた私が飲み込まれたのかも知れない。
 

「泣いて良いよ。」

 


 子供の頃に事故に遭い、ある大学の付属病院にしばらくの間、入院していた。入院当初は毎日のように包帯を取り換える必要があったのだが、これがとてつもなく痛かった。傷口が包帯にひっついてしまい、包帯を剥がそうとすると傷口も一緒に引っ張られてしまったので。私は毎日、大声で泣いた。だがある時、泣くのを我慢してみようと考えた。ベッドの上で読んだ少女漫画の占い覧に「さそり座の女の子は我慢強い。」と書いてあったからだ。そしてある日、診療室での治療が始まり、天井をにらみつけながら激烈な痛みにこらえた。暫くして医師が穏やかに一言、言った。「泣いて良いよ。」その途端、私は全身を震わせて大泣きした。
 皮肉にもその後、私はとても我慢強い子供になりそのまま大人になった。そして、滅多に泣かなくなった私がそれでもこらえ切れずに泣こうとすると、側にいる人たちは必ずこう言うのだった。「泣かないで。悲しくなるから。」私は7歳のあの日以来、まだ泣くことを我慢している。