老いと花

還暦まであと1年半、日々の出来事や思い出を気ままに綴ります。

熱帯の栗

 


 随分前だが、東南アジアのある国で開かれた会議に参加した事があった。アジア各国から何名かずつが参加していた。会議も終わり、打ち解けた数名で短い自由時間を有効に使おうとタクシーに乗り込み街に繰り出した。
 すっかり暗くなって辺りの様子もよく見えなくなっていたが、突然、窓の隙間から香ばしい匂いがなだれ込んできた。熱帯の空気はたっぷりと湿気を含んでいるので、匂いも普段、嗅ぐものより濃いような気がする。すると、韓国から参加していた若い女性が運転手に車を止めるように頼んだ。何をするのかと思っていると、闇の中に輪郭だけ浮かび上がっている屋台に向かって走っていった。戻ってくると、手に焼き栗の袋を持っている。懐かしい匂い。焼いた栗の匂いは、どこでも同じなのだろうか。再び車が走り出して間もなく、後ろの座席から助手席へ何かを握った彼女の手が伸びてきた。掌で受け止めると、きれいに皮が剥かれた栗だった。
 百均に行くとどこのお店でも必ずと言っていい程、剥いた栗が売られているが、それを見ると時々、彼女の事を思い出す。ほんの数日、時間を共有しただけでも強い思い出を残す人がいる。
 (写真は photo library より。https://www.photolibrary.jp )