老いと花

還暦まであと1年半、日々の出来事や思い出を気ままに綴ります。

空飛ぶ猫

 


 特異な体験と言えば、米軍の貨物輸送機に猫と一緒に乗ったことだろう。大分前に、東南アジアで大きな地震が発生し、津波が島々を襲ったことがあった。ある国の動物保護団体が本土近くの島に取り残された(と主張)猫たちのレスキューを駐留米軍に依頼したのだった。どのような経緯で、私が同乗することになったのかは全く憶えていないが、とにかくその島から本土の首都まで猫、団体スタッフ、私とが運ばれた。
 およそ百匹ほどの猫たちは空を飛んでいる間、全く声を立てず輸送機の中はエンジン音のみが響いていた。無事、首都に到着しスタッフの自宅に一旦運ばれた猫たちに、目薬を差す事になった。行きがかり上、私が猫を抱き上げ、獣医師が目薬を垂らすという流れ作業が始まり、結構な時間がかかった事を憶えている。
 その夜、ホテルのテレビをつけると島の獣医師と団体の代表が公開討論を行っていた。話している言葉はもちろん全く分からないが(代表のお母さんはイギリス人だったため、私とは英語で話していた)激しくやりあっていた。察するに、輸送した猫の中には飼い猫もいたのだろう、勝手に本土に運んだ事が批判されていたようだ。
 大きな災害が発生した時、動物たちにはなすすべがない。だが、飼い主と運命を共にしたいと願う動物たちもいるだろう。それがどのようなものであれ。今でも、レスキューという名の猫の輸送が正しかったのかどうか、私には分からない。
 写真は photo library より。https://www.photolibrary.jp

迷う子ども

 


 昨日、出かける前に犬と散歩をしようと外に出ると、ランドセルを背負った小さな女の子が大泣きをしていた。隣にも同じような背格好の女の子。口をきつく結んで、張り詰めた顔をしている。どうしたのかと尋ねると、迷子になったと言う。家は二人とも、私が犬とよく行く大きな公園の近くだと言うので、一緒に公園まで行くことにした。まだ1年生だという女の子たちは、細い足を一生懸命動かして私と犬についてきた。歩調を合わせてあげたかったが、チワワの足の方が彼女たちよりずっと速く、時々犬を抱き上げて追いつかれるのを待った。
 20分ほど3人と1匹で歩き、やっと泣いていた女の子の家に到着した。低層マンションの2階に2人が駆け上がり、インターホンを押している。ドアが開いたが、なかなか家に入ろうとしないのを見て、私も2階に上がった。「うちの前で泣いていらっしゃったので、お連れしました。」と家の中に声をかけると、奥からお父さんらしい人がズボンのチャックを上げながら出てきた。こういう時、全くたじろがなくても済むのは年を取って良かった事の一つだろう。
 事情がやっと呑み込めたのか、とても丁寧にお礼を伝えられた。急いで帰ろうと踵を返すと、泣いていた女の子がなぜか待って!と何回も呼ぶ。ごめんね、急いで帰らないといけないの、またね、と言って家に向かった。
 台所でチワワも私もごくごくと水を飲んだ。一息ついた後、大人が迷子になった時はどうすれば良いのだろうとふと思った。どんなに泣いても、誰も助けに来ないかも知れない。仕方がなく歩き出し、そのまま戻るべき場所に戻れずさまよい続ける場合もあるだろう。

ちぎれる耳


 昨日、車内で女の子たちが楽しそうにピアスについてお喋りをしていた。わっかになったピアスをつけると、耳が引っ張られて長くなってしまうと言っていた。私も30歳の頃、ピアスをしようと思った事がある。どうしてもイヤリングに慣れなかったせいもあるが、当時、ピアスをすると(耳に穴を開けると)運が良くなるという都市伝説のようなものがあり、試してみたかったのだ。若い頃は絶望的に頭が弱かった。(60歳近くなって、少しましになったような気はする)
 ある週末、明日こそ病院で耳に穴を開けようと決め、駅中のお蕎麦屋で昼食をとっていた。食べ終わりかけた頃、やはり会社員らしい女性たちが隣に座り、ピアスについて話し始めた。「この前、ピアスを外すのを忘れてそのままセーターを脱ごうとしたら、耳がセーターに引っ張られてギャーってなった。」と言っている。湯呑を落としそうになる程、驚いた。その翌日、もちろん病院には行かなかった。
 ごくたまにだが、似たような事が身に起こる。どこかで神さまのような人が私を見ていて、気が向いた時に手を差し伸べているのではないかと感じる時がある。本当に困った時にこそ、手助けして欲しいと願うのは欲深いことなのだろうか。
 写真は、いつの間にか片方だけになってしまったイヤリング。心から大切にしないと、物も手元から離れていくのかも知れない。