老いと花

還暦まであと1年半、日々の出来事や思い出を気ままに綴ります。

「遠くです。」

 55歳になったばかりの頃、ある駅で待ち伏せをされた事があった。なぜそうと分かったかといえば、その時一緒にいた友人にその人の外見を後日伝えたところ、彼とすれ違った事を憶えていたからだ。友人と別れ改札口に入ろうとした時、いきなり呼び止められた。
 私は裸眼ではほとんど何も見えないが(ちょうどその日は、眼が痛くてコンタクトをしていなかった)背が高く、目の大きな人が覆いかぶさるように立っているのが分かった。「どこまで帰るんですか?」唐突な質問にとてもとまどったが「遠くです。」と答えた。背広を着た身なりのきちんとした人だった。年齢は40歳あちこちだろうか。この年になっても、男の人の年齢は見た目では全く分からないが。その軽薄な物言いと強引な態度に白けた気持ちと共に恐ろしさも少し感じながら、後じさりをしつつホームに小走りで向かった。
 昨日、その駅を通過した時、車中でこの事を思い出した。どうしてあんな風に答えたのだろう。当時、私はいつも遠くにいる人を想っていたからかも知れない。