老いと花

還暦まであと1年半、日々の出来事や思い出を気ままに綴ります。

雨の日の落とし物

かおり

 
 最初は「また?」と家族や友人によく驚かれたが、今では当たり前の事になってしまいめぼしい反応も特にない。10年ほど前からだろうか、私は、2か月に1回は落とし物を届けている。割かし落とし主にとっては大切なものばかりだ。財布、家や車、自転車の鍵、キャッシュカード、ギフト用手提げに入れられたゴディバのクッキーセット(とても重かった)、脱ぎ捨てられた形のままのスーツジャケットもあった。
 先週、激しい雨が上がった翌日、近くの公園を犬と散歩中、ぐっしょり濡れた巾着袋を見つけた。袋にはアップリケのイニシャル。中を覗くと近くの小学校のロゴ入りハンカチが入っている。そのまま捨て置くわけにもいかず、家に持ち帰った。ざっと手洗いをしてから洗濯機に放り込み、袋とハンカチにアイロンをかけて翌日、小学校に郵送した。
 普段、落とし物を届けても所有者についてあれこれ想像することは無いが、この時だけは、巾着袋の持ち主や担任の先生から受け取った時の気持ちまで、あれこれと思い巡らした。初めて子供の落とし物を拾ったからかも知れない。
 その後、小学校から何か連絡があるかと淡い期待を抱いていたが、何も無かった。そして昨日、また散歩途中で巾着袋を見つけた。少し迷ったが、拾い上げて街路樹の枝にかけておいた。 写真は photo library (https://www.photolibrary.jp) より。

プードルの怒り

かおり


 先日、ウクライナ女性が日本に連れてきた犬の処遇が話題になった。私にとって2
番目の犬トトも、北米から1歳の時に日本へやってきた。成田空港での2週間の検疫期間
は、私にとってそれまでの生涯で最も長い日々だった。文字通り、指折り数えてついに
迎えた最終日、検疫所で再会した愛犬はすっかり薄汚れていたが、元気よく尻尾を振っ
てみせた。係のおじさんは「大人しかったよ」と一言、独り言のように呟いた。
 私が死ぬことをそれほど恐れていないのは、死後、この犬と再会できるのではないか
と秘かに期待しているからだ。トトは18歳以上生きたが、17歳過ぎまで私より早く走
ることもあった。体高がそれほどあったわけでもないが、ベッドはもちろん食卓の椅子
にも軽々と乗ってみせた。
 いつの事だったか、引き取り手が現れるまでという条件で飼育放棄されたシーズーを
預かったことがある。噛み癖があるとの事だった。ある時、トトをベランダに出しシー
ズーにフィラリア予防薬を飲ませようとしたところ、思い切り噛みつかれた。思わず悲
鳴をあげたその痛さより、窓ガラスの向こうでトトが歯を剥きだし飛びかからんばか
りに激しく吠えたてたことに驚いた。トトが怒りを示したのは、後にも先にもこの時だ
けだった。写真はトトが履きこなせなかったブーツ。

フランスのお化け一家

かおり

 


 フランスのお化け一家、バーバパパを知ったのはいつ頃だったのだろう。手元には、お皿やボール、ジッパー袋がある。バーバパパ一家ののほほんとしたところも好ましいが、私が一番好きなのは一家の誕生エピソードだ。
 パリのカフェで偶々となり同士になった若い男女が、雑談をしながら落書きを書いていくうちにパパ、そしてママやその子供たちが次々と生まれたと何かの記事で読んだ。
 数年前の秋、その日は少し汗ばむほど暑い日だった。発車を待つ電車の中で座って本を読んでいたところ、若い女の子が隣に腰かけた。「随分と厚着しているな」と思ったのも束の間「あの。。ティッシュを持ってませんか」と話しかけられた。顔を見るとぎょっとする程、汗ばんでいる。かばんの中を探したが、あったのはバーバパパのミニタオルだけ。彼女に「これでよろしければ、どうぞ」と差し出すと、一瞬、躊躇したようだったが、すぐに汗を拭き出したようだった。「ようだった」というのは、その間、顔を見ないようにしていたから。
 もういいだろう、と横を向くとタオルが忽然と消えている。再びぎょっとして「タオル
は。。」と言うと、かばんの中から差し出した。彼女はなぜ、それを自分の物にしようと思ったのだろう。全く見当がつかない。汗をつけて汚れたから、返すのは悪いと思ったのだろうか。
 もしそのタオルが自分で買ったものであれば、彼女にそのままあげていたかも知れない。だが、それは当時、誰よりも大切な人が買ってくれたものだった。それからしばらく経って、そのタオルは捨ててしまったが。
 バーバパパのお皿にのっているのは、エストニアのポテトチップ。ウクライナの隣国として同国を支援していると報道されている。